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営業活動ー2
長野に来て2週間が経ちました。
小さな町ですが、まだすべてを歩きつくしたわけではないので、あまり通ったことのない道を歩いていたら、長野日報の支局を見つけました。
さっそく入って話を聞いたところ、長野日報にも書評欄があるとのことで、「骨董」を受け取ってくれることになり、すぐに届けました。
その際、やや詳しい経歴を訊かれ、自分の本を持った写真を撮られました。
このところいろいろな機会に恵まれているので、少しでも成果が出れば、と思っています。
小さな町ですが、まだすべてを歩きつくしたわけではないので、あまり通ったことのない道を歩いていたら、長野日報の支局を見つけました。
さっそく入って話を聞いたところ、長野日報にも書評欄があるとのことで、「骨董」を受け取ってくれることになり、すぐに届けました。
その際、やや詳しい経歴を訊かれ、自分の本を持った写真を撮られました。
このところいろいろな機会に恵まれているので、少しでも成果が出れば、と思っています。
営業活動
日本語教室
リモートオフィスで仕事をする見通しが立ったので、甲信地方に部屋を借りました。
その地で、そこに住んでいる外国人に日本語を教える、というヴォランティアがあったため、さっそく参加させてもらうことにしました。
4月20日・金曜日はぼくにとって2回目の授業の日で、その日から来始めた18歳のフィリピン人の青年の担当になりました。
彼は2013年5月まで日本に滞在し、その後、フィリピンにもどって大学教育を終了し、卒業後はふたたび日本に来て働きたい、という明確な目標をもっているため、やる気も十分で非常に教え甲斐があります。
ぼく自身の創作も続けていきますが、ライターとしての仕事のほかにも、地域との交流を大切にして、新たな生活をたのしんでいきたいと思っています。
その地で、そこに住んでいる外国人に日本語を教える、というヴォランティアがあったため、さっそく参加させてもらうことにしました。
4月20日・金曜日はぼくにとって2回目の授業の日で、その日から来始めた18歳のフィリピン人の青年の担当になりました。
彼は2013年5月まで日本に滞在し、その後、フィリピンにもどって大学教育を終了し、卒業後はふたたび日本に来て働きたい、という明確な目標をもっているため、やる気も十分で非常に教え甲斐があります。
ぼく自身の創作も続けていきますが、ライターとしての仕事のほかにも、地域との交流を大切にして、新たな生活をたのしんでいきたいと思っています。
脱稿
図書館からは、反応はありませんでした。
でも、4月1日に、「文学界新人賞」に応募予定の作品を脱稿しました。
そこそこ自信はあるのですが・・・
まあ、結果はどうあれ、「書くこと」は続けていきますので、みんな、頑張りましょう!
でも、4月1日に、「文学界新人賞」に応募予定の作品を脱稿しました。
そこそこ自信はあるのですが・・・
まあ、結果はどうあれ、「書くこと」は続けていきますので、みんな、頑張りましょう!
図書館蔵書
お知らせ
2011年の自費出版にまつわる経験の記述から出発し、出版後も書きつづけてきた当ブログですが、年も改まり、いつまでも「本という形にした」という余韻にひたってもいられませんので、次なる具体的な一歩を踏み出そうと思っています。
つきましては、その作業に集中できるよう、当面ぼくのこのブログを休止させていただくことにしました。
折に触れ、「ぜひ発信したい体験」などがありましたら、その都度投稿いたします。
「読者登録」をしてくださった「かよ湖さん」をはじめ「nice」や「コメント」をくださった方はもちろん、すべての閲覧者のみなさんに深く感謝しますとともに、気まぐれな再開をお待ちいただけるよう、おねがいいたします。
ありがとうございました。
つきましては、その作業に集中できるよう、当面ぼくのこのブログを休止させていただくことにしました。
折に触れ、「ぜひ発信したい体験」などがありましたら、その都度投稿いたします。
「読者登録」をしてくださった「かよ湖さん」をはじめ「nice」や「コメント」をくださった方はもちろん、すべての閲覧者のみなさんに深く感謝しますとともに、気まぐれな再開をお待ちいただけるよう、おねがいいたします。
ありがとうございました。
仕事としての文学
「相互理解」を諦めている、あるいはそれを期待していない種類の人を相手に、ぼくは何を為し得るか。
「文学をする」かぎり、その「対象」とはなり得ない種類の人たちがいることをしっかりと認識し、必要に応じてそうした人たちを対象から排除することが「仕事という意識のうえに立って文学をする」ということなのだろう。
「表現力と表現の無力さの認識は相携えて深まるようだ。この二つのものはどうやら本来一つのものらしい」
という古井由吉のことばを、きょう(2012年1月7日・土曜日)になtって、ぼくは初めて上記のように理解した。
しかし、どのような仕事においても、「仕事人間」になってはいけない。
「文学をする」かぎり、その「対象」とはなり得ない種類の人たちがいることをしっかりと認識し、必要に応じてそうした人たちを対象から排除することが「仕事という意識のうえに立って文学をする」ということなのだろう。
「表現力と表現の無力さの認識は相携えて深まるようだ。この二つのものはどうやら本来一つのものらしい」
という古井由吉のことばを、きょう(2012年1月7日・土曜日)になtって、ぼくは初めて上記のように理解した。
しかし、どのような仕事においても、「仕事人間」になってはいけない。
魂の無人島
無人島に一人で暮らしていたら、「自分の生の終焉」がそのまま「人類の滅亡」と等しく感じられるときがあるのではないか。
表面では「絆」ばぢちううばがら、実質的には「生き残り社会」である日本の現実のなかで暮らす人々は「魂の無人島」に生きているも同然ではないか。
表面では「絆」ばぢちううばがら、実質的には「生き残り社会」である日本の現実のなかで暮らす人々は「魂の無人島」に生きているも同然ではないか。
タグ:生き残り社会
好きなもの
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